「しょうがいしゃ」の表記について「しょうがいしゃ」が考えてみる。

「しょうがいしゃ」を漢字で書くとき、どのように書きますか?

「障害者」、「障がい者」、「障碍者」・・・この辺りが基本でしょうか。

どの漢字、ひらがなを当てていても、読み方は同じ「しょうがいしゃ」であるのに、なぜわざわざ「がい」を別の表記にするのでしょうか?

私自身は身体障害者手帳を所持している障害者の一人です。

ライティングのお仕事をいただいている身で表記は気にしないと言うのもちょっと語弊があるかもしれませんが、「しょうがいしゃ」表記については特に気にすることはなく、変換で大体最初に出てくる「障害者」をそのまま利用することが多いです。

「障害者」と記載すると「害」という字が良くない字ということで、指摘をされる方もいらっしゃいます。

障害の「害」は差別的?

2000年代以降その風潮が強くなってきたようで、行政の書類やメディアも「障がい者」とひらがな表記が増えてきたようです。

私の近所にも障がい者施設があり、施設の近くにはこの先に障がい者施設ありのような意味合いの標識が建てられております。その看板もいつの間にか「害」の部分にテープが貼られ、「がい」と書き直されておりました。

私の所持している手帳にも「身体障がい者手帳」と記されています。

このように、「がい」という表記は「害」という漢字に違和感を持ったことが発端で始まったものだと推測されます。

障碍者の「碍」って?

ひらがな表記の「障がい者」の他、「障碍者」の表記もよく見かけます。

「碍」という漢字はあまり見慣れない漢字ですよね。

「碍」という漢字には邪魔をする、妨げると言った意味があるようで、障碍の他に無碍にすると言った言葉にも使用されています。

戦前は障害の「害」は「碍」表記であったが、常用漢字ではないために「害」が当てられたと言われています。

漢字を変えても言葉の意味は変わらない

「障害者」の「害」という字のニュアンスがあまりよくないため、別の字が当てられるようになったようですが、表記を変えたところで言葉の意味は変わらないわけです。

「障害者」以外にも様々な言葉がこのように不適切だと言う理由で表記の揺らぎが発生しています。

例えば、「子供」。

この「供」の字が「お供え物」であったり、付き従うものといった意味合いがあるといったりすることから「子ども」表記が増えてきていました。

しかし、単なる当て字との見解が今はあるので、今後は漢字表記もまた増えてくるかもしれません。

個人的な意見ではありますが、漢字一つとって差別的であるとかないとかを論議するよりも、実際にその言葉から差別的な意味を連想されないように、社会が変わっていく方が大切だと思います。

障害の「害」は障害者が「害」であるといった差別的な意味合いではなく、「障害」つまり「ハンディキャップ」を持っている者という熟語であると思うので、そこに差別的な意図は全くないものです。

漢字一つに色々と言うよりも、差別心を持っているか持っていないかだと思います。

極論ですが、「障がい者」表記で障がい者をディスるものよりも、障害者表記でも思いやりのある言葉かけを行なっているものの方が誰もが気持ちのいいものであると思います。

もちろん、世の中には「差別用語」と言うものも存在して、その言葉自体が今では使われなくなっていると言うようなものもあります。

本当に差別的なものはなくなっていくべきです、しかし言葉狩りのような形で表現や表記の方法が変わっていくのには個人的には違和感を覚える部分もあります。

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする